「ハードボイルド」

1998年10月9日著

深めの椅子に身を委ね、煙草をくゆらす男。
年経ても尚、精悍な顔立ち。
その皺の一つ一つが、幾多の困難に打ち勝ってきた男の人生を語っていた。
トゥルルルル。
トゥルルルル。
トゥルルルル。
デスクの上の電話が男の一時の静寂を破った。
男は少し、間を置いて受話器を取り上げる。

「…誰だ?」
「もしもし、お父さん?」
「あぁ…、京子か。どうした?」
「今ねぇ、“ファイナルクエスト”やってんの」
「ふむ」
「でね、わかんなくなっちゃって」
「…」
「“アルケミストの鍵”ってどこにあるの?」
「…今、どこにいる」
「ハンブラ宮殿の前」
「…今から潜りこむのか?」
「そう。で、鍵が手に入れば、伝説の剣が取れるんだけど」
「そうか…。あせるなよ」
「でね、門の所にやたら強い敵がいるの。あいつ?鍵持ってるの?」
「ああ、鍵は奴が握ってるはずだ」
「やっぱり!じゃ倒してくる〜」
「待て!俺が行くまで、そこにいろ」
「え〜、お父さん帰るの遅いじゃない。大丈夫だよ〜」
「…いや、駄目だ。危険過ぎる」
「あ、セーブして行けばいいでしょ」
「…まぁ、そうだが」
「セーブ、セーブ。あ、そうかー。空きブロックが無いや」
「ふぅ、いい子だ。おとなしくしてろ」
「ぶーっ。あ!そうだ!」
「おい、めったなことはするなよ」
「じゃ、お父さんのデータ消すね」
「!!待て、京子!」
「もうクリアしたからいいでしょ?」
「やめろ、京子!待つんだ!!」
「聞こえませーん。じゃ、セーブっと」
「!」
「あ、子機の電池切れそ。じゃね」
「おい、京子ッ!おいッ!!京子ーッ!!」

受話器を置き、がっくりと肩を落とす。
彼の中で、失われた物は大きかった。
再び、椅子に深々と身を沈める男。
窓から指しこむ月光が男の顔を照らす。
その頬には、光る筋が伝っていた…。
[終わり]

ギミックショートの解説

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「うそつき」

1998年11月08日著

電話ボックスの中。
その若い女は軽く深呼吸をして、受話器をとった。
真新しいテレカを挿入し、素早く番号を入力する。
発信音。ほとんど間を置かず、相手は応答した。

「あ、もしもし?あたし〜」
「!…」
「もう、準備できてるぅ?」
「か、金なら今、かき集めている…」
「あ、ほんとー。早くしてねー」
「あの…」
「え?なにー?」
「息子は、ひろしは、無事なんだろうな?!」
「ひろしクン?大丈夫だってば〜」
「声を、声を聞かせてくれ!」
「え〜、ここには、いないよ〜」
「本当か!?」
「ほんとだって。あたしが信用出来ないの?お父さん?」
「い、いや、心配で…」
「ふふ。心配性なんだから〜」
「む、息子が誘拐されて心配しない親がいるかッ!」
「!もう、どならないでよー」
「早く、息子を返してくれ!」
「はいはい、その内、かえりますって」
「それでっ、い、いつどこで受け渡しするんだ!」
「いつかって?う〜ん。まだ考えてないしー」
「ふ、ふざけるなっ!!」
「どならないでって!決めたら、また電話するから〜」
「何?お、おい、待て!」
がちゃん。


電話ボックスの外では、男が渋い顔をして待っていた。
「じゃ、行こっか」
女は、男の腰に腕を回し、寄り添う。
そうして、2人は夕暮れの街へと、ゆっくり歩いていった。
[終わり]

ギミックショートの解説

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「ハードボイルド2」

2000年8月14日著

霧雨にけぶる街の夕刻。
足早に通り過ぎる傘を待たぬ人々。
その傍らを、男は一人、悠然と歩いていく。
つとに、内ポケットの中でくぐもった電子音。
男は立ち止まり
軽く眉を顰めて、内ポケットから発信源を取り出す。


「…」
「もしもし、あなたぁ?」
「…あぁ、俺だ」
「帰りに、福神漬け買ってきて欲しいんだけど」
「…あぁ、わかった。それで…」
「今夜はカレーにしようかと思って」
「そうか。…それは楽しみだな」
「でね…あなたには言いにくいんだけど」
「?なんだ、何かあったのか?」
「…辛口にしちゃったのよねぇ〜」
「?!なに?!」
「だって、京子が辛口の方が良いって言うし」
「…辛い、選択だな…」
「でも、辛口って言っても3倍よ?」
「…それは、もう仕方ないのか?」
「まだルーは入れてないから、甘口のを分けて作ってもいいけど…あ!ちょっと待って!」
「…」

しばしの沈黙。
「…電話してる間に、京子がルー入れちゃったみたい…」
「なんだと!?」
「しかも5倍のを」
「…くっ…! 状況は、悪い方に転がってるみたいだな」
「…どうする?何か、買ってくる?」
「…あぁ。 なんとかなる」
「あと、福神漬けも忘れないでね。売ってあるところ、判る?」
「なんとか、心当たりがあるさ」
「あ、ほんとに?あんまり赤くない奴よ。添加物少なそうな」
「あぁ、無論だ」
「じゃ、お願いね」
プツッ。


通話を終え、携帯電話をポケットに仕舞うと
男は、小さくため息を吐いた。
そして、まだ止まぬ霧雨の中を歩いていく。
心なしか、肩を落として…。
[終わり]

ギミックショートの解説

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ギミックショートの解説

ある仕掛けをする前と後で文章の意図が変化するショートショートのこと。
別にそんなたいしたもんでは無いんです。
下の<と>の間をマウスをクリックしたままでなぞって(選択して)下さい。
このように見えなかった文字が見えるようになります。
ギミックショートは、これを利用したショートショートです。
ちなみに、ギミックショートという言葉は湯沢原の造語です。
新語辞典にも載ってませんので、使いどころに注意。