「菜食主義者」

1998年9月27日著

大学受験の為、僕は新婚の兄の家に厄介になることになった。
兄に会うのは久しぶりで、色々と話したいこともあったから、
受験という名目だが、ちょっと楽しみにしていた。
ところが兄は帰りが遅いらしく、僕が家に着いた19時にも、まだ帰宅していなかった。
迎えてくれた兄の嫁は線の細い美人で、ほとんど初対面の僕はどぎまぎした。
促されて中に入ると、とっくに夕食の支度は出来ていて、
兄が帰れば晩餐はすぐにでも始められる状態だった。
義姉はそのままキッチンまで行くと、思い付いたように振り向いて言った。
「…冷めるから、いただきません?」
「あ、はい」
結局、僕と義姉は2人で食卓を囲むことになった。

頂きますと言った後は、2人黙ったまま。
食器の音だけが、キッチンに響く。
義姉とは、あまりにも面識が無いから何を話していいか判らない。
おまけに義姉は、今日はどうも虫の居所が悪そうだ。
でも、この沈黙は耐え難い。
とりあえず、僕は口火を切った。
「兄さん、遅いですね」
「…」
「今日は残業か何かですか?」
「…」
答えてくれない。これならいっそ、話し掛けない方が良かった。
沈黙はより重くのしかかる。

かちゃ、かちゃ、かちゃ…

「…あの人、凄いベジタリアンでしょ」
つとに、義姉は小さい声でそう言った。
先の質問とどう繋がるのか判らないが、せっかくの話の腰を折りたくない。
僕はすぐに答えた。
「そう言えば、そうでしたね」
「やっぱり、昔からなの?」
「そうですね、結構昔からです」
小学生の頃などはあまりに肉料理を食べないものだから、
母が兄の分だけ別に用意していた位だった。
小さかった僕は、そのことがとても不思議だったことを覚えている。
「でも、最近っていうか、
中学くらいからは、そんなに酷くはなくなったと思うんですけど」
「…そうかもね、私も結婚するまで知らなかったもの」
「また、極端になったんですか?」
「うん。最近なんか、2人別に作ってるもの。夕飯」

義姉は、テーブルに肩肘をついてあごを乗せた。
軽い溜め息と共に、視線は遠くを見詰める。
「それでね、昨日大喧嘩しちゃったの」
…なるほど、義姉が不機嫌な理由も、
兄がなかなか帰ってこないのも判ったような気がした。
「私、昨日も2人別に夕食を用意したの」
「あ、お手数掛けます」
「あなたが恐縮してもしょうがないわよ」
義姉はふふと笑って、続ける。
「それで、普段通りに食べてたんだけど、
ちょっと食べた後であの人が怒り出したの」
「?何でですか?」
「『お前も肉を食べるな!』って。突然」
「…会社とかで、何かあったんじゃないですか?兄さん」
「かもね。帰ってからずっと不機嫌だったし」

義姉の視線が、僕の手元に落ちる。
「あ、おかわり、いらない?」
「いえ、いいです」
「良いのよ、遠慮しなくても」

軽く伸びをして、義姉は続ける。
「さすがに私もかちんと来ちゃって、初めて夫婦喧嘩」
「はぁ」
「凄かったのよ、ほんとに」
「でも、怪我とかしてませんよね」
「うん、まぁ口喧嘩だったから」

「お互いに、売り言葉に買い言葉。
最後は全然関係の無いことで、罵り合っちゃって……」

しばらくの沈黙。
僕は、料理に手をつけることも出来ず、義姉の次の言葉を待った。

「でね」
一息置いて、お茶をちょっと啜る。
「…ころしちゃったの。思わず」
真顔でそう言うと、じっと僕の目を見つめる義姉。
そうやって、突然くすくす笑い出す。

どう返していいか判らず、僕は愛想笑いをして話題を変えた。
「そ、それにしても、料理お上手ですね!」
「あら、ありがと」
「特にこのシチューなんか、絶品ですよ」
「おだてても、何も出ないわよ」
そうは言っても、嬉しいらしい。
僕は思わず調子に乗って、さっきから気になっていたことも聞いてみた。

「ところで、この肉、面白い味ですね。なんの肉なんですか?」
すっと、義姉の表情から明るさが消える。
少し間を置いて、義姉はにっこり笑った。

「草食動物の肉よ」
[終わり]

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「穴」

1998年10月20日著

俺は久しぶりに電気屋に来ていた。
偶の休み、こんなところで潰すのは本意じゃない。
だけど、明日の朝飯が作れないのは、困る。
一人暮しを始めて4年。
長らく付き合ってきたトースターは昨日、2枚の食パンと心中した。
腹を空かした俺を捨てて。

オーブントースターのコーナーを探してうろうろしていると、
奇妙な物を見つけた。
一見普通の、中型の2ドア冷蔵庫。
側面にぽっかり開いた穴を除けば。
穴の直径は5センチ程で、中に貫通はしていないようだった。
『なんの穴だ?』
思わずしげしげと、眺めはじめてしまった。

「おや、お客さん。冷蔵庫をお探しですか?」
痩せぎすのずる賢そうな店員が、すかさず近寄ってくる。
『ち、しまった』
思わず、舌打ちする。
「あ、いえ…」
「それでしたら、この型。今お安くなっておりますよ〜」
「いや、別に…」
「あ、色がお好みでないですか。ご安心下さい、3種からお選びになれますよ!」
「はぁ、でも…」
「スカイブルー、パールホワイト、今なら、流行のシースルーも特注できます〜」
シースルーはちょっと気になった。
「いや、でも…冷蔵庫は…」
「はい、冷蔵室なら、とても広々しておりますですよ」
かぱっ。
電源の入っていない冷蔵庫の中は、うすら寂しい。
思わず、中に見入ってしまう。
「お客様!失礼ながら、ご独身でいらっしゃいますね?」
「はい、まぁ」
「それならば、このスペースは十分すぎる広さでしょう!」
余計なお世話だ。
「冷凍室も、3段になっておりまして…」
聞いてもいないのに、説明を始める店員。
いっそ、その場を立ち去ればなんてことはないのだが
俺は、側面の「穴」が気になっていた。
そうだ。
こいつに聞いてしまえばいいか。

意を決して、俺は口を挟む。
「で、この…」
「良くお気づきになりました!」
「はぁ」
「この引き出し口はですね…」
そうしてまた、彼の解説は続く。
延々と。

一度、火が付いてしまった彼は、
身振りを加え、それはもう
最愛の人にその愛を伝えるべく詠う吟遊詩人のように
朗々と冷蔵庫の説明を続けた。
俺はうんざりしつつも、「穴」のことが気になってしょうがなかった。
様々な推測をしたが、どれもしっくりこない。
店員の説明はいつのまにか、値段の交渉にやんわりと変わっていた。
「というわけで、セール中の今なら…」
ポケットのカード電卓を取りだし、キーを叩く。
「このお値段になっております〜」
その値段は、確かに安いようだった。
それを必要としている人にとっては。

ふー。
大きく息を吐き、まっすぐに聞く。
「で、ひとつ聞きたいんですけど」
「はぁい、何でございましょ!」
「ここの穴、何なん…」
「山口さ〜ん、すいませーん。ちょっとお願いします〜」
「あら。すいません、ちょっと行ってまいります〜」
「あ、ちょっ…」

とっとと行ってしまった。
買わない客には用は無い、か。
俺はしばらく考えた。
確か、うちの冷蔵庫は、がたが来ていたような気がする。
今、ここで購入しても、構わないんじゃないか?
買えば、確実にこの「穴」の正体は判る。
高い買い物だが、仕方ない。
俺は何故だか、思いつめていた。
この「穴」のために。

そこまで考え、俺は近くの店員を呼び止めた。
「すいません、これ、配達出来ますよね」


二日後、冷蔵庫が届いた。
俺は、はやる気持ちを抑え、説明書を繰る。
が。
無い。
「穴」の説明が無いのだ。
何度も目次を見なおし、全てのページを丹念に探す。
慌てて梱包を解き、本体を調べる。
無い。
影も形も無い。痕跡さえ。
どういうことだ?

結局、サービスセンターに電話することにする。
「すいません。冷蔵庫の…」
冷蔵庫の型番を言うと、担当サービスマンに交代した。
「はいどうも、お世話になっております。今日はどう言ったご用件で?」
「あの、穴が…」
「穴?で御座いますか?」
「えぇ、そうです」
俺は、側面の穴について説明する。
「あ〜、ご安心下さい〜」
明るい声で担当者は応対する。
「あの穴は展示用を示す物ですので、お客様にお届けしたものには、存在致しませ…」

がちゃんッ!
ぷーッぷーッぷーッぷーッ……
[終わり]

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「センチネル」

1998年11月30日著

ここは天界、神様のオフィス。
神様は、けだるい朝を迎えている。
「おはよう御座います」
秘書の天使が挨拶する。
「ん。…新聞」
「朝日、毎日、読売など御座いますが」
「…東スポ」
「御座いません」
「東スポ、…読みたい」
「我侭、言わないで下さい」
「…けち」
結局、秘書天使は適当な新聞を見繕ってくる。
気の無い感じで眺める神様。

雑務の準備をしていた天使は
ふと、思い付いたように顔を上げた。
「そうそう、下界では困ったことが起きてましたよ」
「へぇ、何が?」
「その新聞の第一面、見て下さい」
まず4コマ漫画を見るのが習慣の神様は億劫そうな様子で、第一面を見る。
「…ありゃ、まあ」
「とうとうやっちゃったみたいですね」
「困ったね」
「ええ、ほんとに」
「手間かけて作ったのにね」
「あれだけ手間を掛けたのは、人間以来でしょう?」
「うん。…多分大丈夫だと思ってたんだけど」
「まぁ、人間の方が出来が良かったってことで」
「そうだね」
しばらく、その新聞を眺めていた神様は大きく溜め息をついた。
それを見た天使、ちょっと考えたあと、ぼそりと言う。
「これで、外の生き物の侵入が容易になるんですね」
「…そう」
「考えてみたら、上手いこと作ってましたね」
「でしょ」
「外の生き物には効果絶大なのに、人間は対処法を編み出せるし」
「そうそう」
「時節に合わせて、臨機応変に変化するし」
「うんうん」
「必要が無ければ、なりを潜めるし」
「…ま、しょがない」
「全く。人間、ていうのは」
天使は左右に軽く腕を広げ、両手の平を上に向ける。
「邪魔なものは全部排除しないと気が済まないんですかね」
「…そんな風になっちゃったねぇ」
「…コーヒー、飲みますか」
「うん。頂戴」

神様にカップを渡しながら天使は聞いた。
「これから、大変でしょうね」
「そうだね」
「いろいろ、外から来るんでしょ?」
「来るだろうね、いろんなのが」
「しかたないんですか」
「…もう、手は入れられないから」

カップを片手で受け取り、軽く溜息をつく。
「ま、自分でなんとかするでしょ。多分」
そう言って神様は新聞をデスクにほおる。
そこに印刷された大きな見出し。

"風邪の特効薬、ついに発明される!!"
[終わり]

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「魔法使い」

1999年09月23日著

「あのぅ、消し去りたい方はいらっしゃいませんか」
その、背の高い老人は柔和な表情を浮かべて僕を見下ろしていた。

「は」
「いや、消滅させてしまいたい人物はいらっしゃらないかと」
笑顔のまま、老人はちょっと困った顔をする。
…困ったのはこっちだ。
「いえ、あの、いや、別に…」
冷静に答えようとすると却って焦る。
どうしたものやら。

休日、普段来ない公園のベンチで、普段読まない小説など
読んでいたのが悪かった。
慣れないことはするもんじゃない。
「すいません。突然過ぎましたか」
「はぁ…」
突然でなくても、そんなこと言われれば、普通は驚く。
「私、実はこの世界のモノではございませんで」
「…はぁ」
「なんと申しましょうか…。
こちらの言葉では、平行世界、と呼ばれるような
そんな風な所から、迷い込みまして」
終時、穏やかな表情で老人は無茶なことを言う。
しまった。
危なげな人に関わってしまったか。
「はぁ、それは大変ですね」
我ながら、間の抜けた返答だなと思ったが
彼は、えぇほんとに大変です、といって頭を掻いた。
「というわけで、こちらで暮らして行くにあたって
自分のスキルを活用しようと思いまして」
彼が言うには、自分はかなり高位の魔法使いで
攻撃系魔法のエキスパートだ、とのこと。
「ちょっと、デモンストレーション、してみましょうか」
老人は、何だか口の中で唱え、近くに植えてある木を指差す。
すると。
その枝全体から煙が立ち登り始め、果ては燃え上がりだした。
僕はあまりのことで、即座に口が利けなかった。
再び、老人は呪文を唱え、もう一度燃え上がっている木を指差す。
今度は木の下、地面から噴水のごとく水柱が上がる。
周り中に木の葉を散らし、燃え上がる木は無理矢理、鎮火された。
公園内にいた人々は、すぐさま異常に気付いたが
あまりのことだった為に
どうするべきかまでは、考えが及ばないようだった。
老人はふぅと、息を吐き、僕に向き直る。
「とまぁ、こういったことが出来ます」
「す、すごい、ですね」
やっとのことで、気の利かない返事を搾り出す。
「はは、これしか取柄が御座いませんで」
はにかむ彼。
それだけ出来ればたいしたものだろう。
老人は真面目な顔に戻り、僕の顔を見据える。
「とりあえず、リーズナブルな価格設定ということで…」
老人が提示した値段は
確かに人一人の値段としては随分と安かった。
「…でも、僕、ほんとにいないんですよ
消し去りたい人なんて」
「…成る程、それは失敬」
老人は数回頷き
「それでは他を当たります。失礼しました」
そう言ってぺこりと頭を下げ
老人とは思えぬほど闊達に、彼は去って行った。
あっさりしたものだ。
僕は、狐につままれたような顔をしてそのまま、ベンチに佇んでいた。


次の日の帰宅途中。
夕刊の片隅に小さな記事を見つける。
『悪徳代議士、雷に撃たれ死亡』
その内容によれば、以前から色々と黒い噂の絶えない
代議士が、路上で雷に撃たれ即死したらしい。
今日は、雲一つ無い青空だったのに。

恨まれても仕方の無いことばかりしていた男だから
それこそ、天罰だろうと記事は結んでいたが
俺は、あの老人の仕業なのかもと結論し
ウチのイヤな上司にもやってもらえば良かったと
ちょっとだけ、後悔した。


数日後。
ふと、立ち寄ったコンビニで
例の老人に出会った。
それも
客と店員として。

彼は、いらっしゃいませ、と言いつつも
ばつの悪そうな顔。
まさか、こんな状況で再会するとは思っていなかった僕は
少し動揺しつつも一応、挨拶を返す。
「あの…、お久し振りです」
「はい、どうも。お久し振りで」
僕は随分と気になっていたので
この間の事件について、聞いてみた。
彼は素直に認め
「あれは、ボランティアですがね」
と、悪びれもせず答える。
「じゃぁ、こんなとこで働かなくても…」
殺し屋としてやっていけるじゃないですか、と言い掛けたが
周りの目が気になったので止めておいた。
「いや、ちょっと問題がありまして」
「?」
何故?
誰も、まさか魔法で殺されたとは思うまいし
およそ、足が着く心配は無いだろうに。
そう思っていると、老人は僕の考えを察してか、こう言った。
「いえ、別に官憲がどうとかでなく…」
次の言葉を待つ。
老人はちらりと僕の目を見、ゆっくり視線を落とす。
「いえね、こちらの世界じゃ回復出来ないんですよ
……魔力がね」
そう、ぼそりと言って、魔法使いは寂しそうに笑った。
[終わり]

目次

「審査」

2000年12月14日著

「父さん、しっかりしろ!」
「お義父さん、しっかりして!」
「おじいちゃんってば!」
「うぐっ、うっ、ぅぅ…」

夕飯の途中、突然義父が心臓を押さえて苦しみだした為
我が家の茶の間は騒然となった。

「と、とりあえず、救急車を!」
「そ、そうね!きゅ、救急車ッ!」
バタバタと、玄関先へ走る私。
この家に嫁いで、もう10年。
すっかり主婦業も板についてきたとはいえ
救急車を呼ぶなんて初めての試み。
意を決して受話器を取ったのだけれど、思い切り手が震えてしまう。
それでも、随分と難儀をしてボタンを3つ押す。
トゥルルルル。
「…はい、こちら救急センター」
「あ、もしもし!?
救急車をお願いしたいんですけど!!」
「はい、了解しました!…ではその前に一つ」
「え?」
「最近、悪戯電話が増えておりまして
救急車の出動にも
ちょっとした審査が必要になっております」
「は?」
「いえ、そちら大変な状況ですから、お時間は取らせません。
出動には多少時間がかかりますし、その間に終りますので」
「は、はい」
何?そういうものなの?
「とりあえずお名前とご住所を」
釈然としないけれど、とりあえず名前と住所を伝える。

「おかーさん大変! じいちゃん泡吹いてる!」
危急を告げる娘の声。
「えーっ!もぅちょっと待ってぇ!」
「待ってって言われてもー!」

「あの、手短にお願いします! ちょっと切迫してるみたいなんで!」
「はいはい、了解しましたー。それではまず、家族構成を」
「…え? なんでそんなことを」
「そちらのお宅の方であれば、答えられるはずですが」
「…父と夫と私と娘の4人家族ですけど…」
「はいOKです。では、結婚何年目ですか」
「…10年になりますけど」
「はぁ、じゃそろそろ倦怠期ですかねぇ」
「は?」
「いえ、何でもありません。
では、次は…」
そんな感じで、ほんとにどうでもいいような質問が繰り返され
戸惑いは徐々に怒りへと変化していった。
「…あの、もういいんじゃないですか?」
「あ、もう少しで終りますからご辛抱下さい」
「…はぁ?! 辛抱する? そんな問題じゃないでしょ?!
人が生きるか死ぬかって時に良くそんな呑気なこと言ってられるわねッ!」
「いや一応、規則ですので…あ、少々お待ち下さい。
…何だって!?
え、見つかった? 踏み込んできたって?!

『ガタン!
ガタタ!バタン!
バタバタバタバタ…』


……電話の向こうで、ナニか一悶着あったみたい。
「もしもし? もしもし!?」
応答の無いまま途方に暮れていると、さっきと違う人が電話に出た。
「もしもし! もしもし!」
「は、はいはい!もしもし?!」
「あぁ、まだ繋がってましたか! いやぁ、大変でしたね」
「は、はぁ…」
「最近、公用電話回線を傍受して
こういう性質の悪い悪さをする連中がいましてね」
「…そう、なんですか」
「えぇ、そうなんです。
で、大抵の方は途中で切られるんですけどね。
何かおかしいと気付いて」
う。
「まぁ、でも
奥さんが引き伸ばして下さったおかげで、場所が特定できたんですが。ははは!」
うぅ。
「いやぁ、ご協力ありがとうございましたぁ!」
「…どういたしまして」
そんなことで、お礼言われても…。
「あぁ、そうだ。ところで、ご用件は?」
「え?…あ、はい!義父が突然苦しみだしまして!」
「ほぅ、そりゃ大変だ。では、すぐ手配しますので!」
どうやら、なんとかなるみたい。
ふぅ…。

あれ?
まだ何か。

「…えーとそれでは、準備と平行して審査を行いますので…」
[終わり]

目次

「暇 論」

2001年11月21日著

「こんにちは」

「こんにちは」

「また、いらっしゃいましたね」

「はい、…つい」

「以前来られた時には二度と来ないとおっしゃってたのに」

「いやぁ、その。まぁ、なんというか、売り言葉に買い言葉というか」

「あら、売ってましたかね。こりゃすいません」

「いえいえ、こちらこそ衝動買いで」

「ま、とりあえずお茶でも如何ですか」

「はぁ。どうも。頂きます」

「良いお茶がね、入ったんです。お客さんのお土産なんですけど」

「はぁ。お客さんの」

「もう要らないもんだから、ってね。色々と頂きます」

「…まぁ、そうでしょうね」

「その人にね、おいしいお茶の煎れ方をね、教わったんですよ」

「へぇ。それはそれは」

「でも、これがなかなか加減がむつかしくて。慣れないんですよねぇ」

「あなた、ぶきっちょそうですもんね」

「余計なお世話ですよ。相変わらず口が悪いんだから」

「良く言われます」

「さて、と。はい、おいしいはずですよ」

「あ、どうも。…うん。おいしい、かも」

「そうでしょう、そうでしょう。おいしい、はずです」

「お茶菓子とか、ないんですか」

「生憎、ありません」

「そうですか。羊羹とか、あれば非常に良かったんですが」

「なら、今度来られる時にお持ち下さい」

「…考えときます」

「さて。一服したら、何か面白い話を聞かせてくださいな」

「面白い話ですか?そうですね」

「さぁさぁ」

「……特にないんですけど」

「あら。相も変わらず退屈な毎日ですか」

「すいませんね、退屈で」

「全くです。こちとら、それが楽しみでここに居るってのに」

「…僕だって好きで来てる訳じゃあないです」

「まぁ、そうかもしれませんがね。なんだかんだで常連なんだから、心構え位は」

「心構えも何も、突然なのに」

「備えあれば憂いなしって言うでしょう」

「それとこれとは、話が別です」

「どうも、あなたとはウマが合いませんね」

「そうですね。でも、あなたとウマが合う方が、どうかしてますよ」

「おや、そうですか」

「ええ、そうですとも」

「あらあら、そうなんですか」

「…いちいち突っかかりますね」

「いーえ、そんなことは」

「…なんですか?そんなに僕のことが気に入りませんか?ねぇ?」

「別にそこまで言ってはいませんけれど」

「…わかりました。もう帰りますよ、全く」

「もっとゆっくりしていけば良いのに」

「ゆっくりしてても、面白い話はできそうにありませんから」

「あぁ。それもそうですね。はい、さようなら」

「……」

「お帰りはあちらですよ、光の見える方」

「知ってますよ!いちいち煩いなぁもう!」

「まぁ、今度はもう少し、のんびりしてきてください」

「えぇ、そうしますとも!いや、寧ろ二度ときませんよ!」

「はぁ、そりゃ豪気なことで」

「それじゃあ、さよなら!ごきげんよう!」

「はい、ごきげんよう」




暗転。




ヘルメット越しのサイレン音がゆっくりと、けたたましさを増し
僕の身体はアスファルトから、ふわりと遠ざかり担架の上へ乗せられた。


救急車の天井をぼんやり見ながら
そういや、これで何度目の事故だっけなと考え
恐らく大破してるであろう愛車のことを思って、ちょっと悲嘆に暮れる。


そうして、今度は
とりあえず、今度は、何か面白い話と、おいしい羊羹を持ってって
あいつをぎゃふんと言わせてやろう。
そんな感じのことを思いつつ、ゆっくりと目を閉じた。



いや、まぁ、二度と行かないつもりではあるんだけどさ。
[終わり]

目次